ガラケーは良かったなって話

今この令和の時代。スマホは当たり前ですね。

アラサーの私はすぐにスマホに切り替えましたが、ギリギリガラケーだった時代があるのです。

ガラケーのメールシステム、あれほどワクワクさせられるシステムがありましたでしょうか。

新着メールが1通。

この時点ではメールの内容はわかりません。

どんなメールかに胸を躍らせて開封ボタンを押す。

その一連の動作が大好きでした。

今はラインが通知で送られてきて、内容が分かっちゃいますね。しかも、互いのやり取りをする画面には、自分の送信したメッセージまで見えてしまう。一覧でそれまでのお互いのやり取りが何の情緒もなく羅列されている。

私はラインが苦手で仕方ありません。未だにです。

お互いにその都度、届いた文面に心を躍らせて、こちらからは何を送信しようか送信画面に下書きを書いていく。送信した後は、送信ボックスを見ない限り、自分のメッセージは表示されない。

そのステレオ感と言いますか、秘匿されたやり取り、それが良かったんじゃないですか。

今は何でもかんでも、開け放たれてる感じがあって、風情がない。情感も悲哀もない。

それが寂しく感じるのです。

便利すぎない方がいいのです。

アラサーの私は十分おじさんですし、もう時代に取り残されただけなのかもしれません。思い出補正ってやつなのかもしれません。

ただ、それでもガラケーは良かった。ガラケー全盛の4,5歳先輩方はどう感じてるのでしょうね。もっとガラケーが当たり前の時代を長く過ごしたかったな。

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